IRFI 東京工業大学国際先駆研究機構

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2023.08.18

【WRH】山口洋平助教が欧州原子核研究機構(CERN)に滞在しました。

山口洋平助教がWRHプログラムの支援を受けて約1か月のスイス滞在を終えて帰国しました。
今回の派遣による成果と期間中の様子を報告いただきました。

山口助教(左)小野田さん(修士課程1年)越智さん(博士課程1年)

 

派遣者 理学院物理学系 助教 山口洋平
派遣先機関の名称 欧州原子核研究機構(CERN)
派遣先機関の国・都市 スイス・ジュネーブ
派遣先機関の受入研究者名・職名 Savanna Shaw・Research and Technical Staff
派遣期間 2023/06/29 ~ 2023/08/02 (35 日間)
共同研究の題目 CERN-LHC加速器における国際共同実験ATLASでのデータ取得システムの開発

 

欧州原子核研究機構(CERN)に渡航し、世界最大の陽子陽子衝突型加速器Large Hadron Collider (LHC)の衝突点の一つに建設されたATLAS検出器のデータ取得システムを開発した。ATLAS実験では多量に生じる陽子陽子衝突データをオンラインで3万分の1まで削減してから記録する必要上、トリガーは予め目当ての事象を精度良く予測しなければいけない。陽子陽子衝突で生じた新粒子が2つのミューオンに崩壊し、新粒子が高い運動量を持つため2つのミューオンがよく近接する場合、トリガーシステムはミューオンを分離するのが困難となるが、こういった信号は超対称性模型など、様々な新物理の候補で予言されている。超対称性模型はダークマターの良い候補を提供する有力な理論である。本研究ではデータ取得がまさに進められている現場に赴き、この2つの近接したミューオンに対するトリガー開発を行った。

本渡航以前に旅費を支援いただいた「国際的な共同研究推進のための派遣・招へい支援プログラム」によってトリガーの基礎は開発を完了していたが、実際にトリガーを運用するうえで、期待したより大幅に、計算にCPUコストがかかっていることが、共同研究者のSavanna Shawによって発見された。データ取得システムはオンラインで4万CPUコアを走らせてデータ処理を行っているが、1イベントあたり100 msオーダーで処理を終えなくてはいけない。導入したトリガーは平均50 ms程度の計算時間を使用しており、データ取得システム全体に負担をかけていた。そこでデータ取得効率を保ちつつ、計算を高速化する改良を開発し、これをシステムに実装したところ、計算時間は平均14 msと大きく改善した。システムを運用している現地で研究活動を進めることで、共同研究者たちとの議論を活発に交わすことができ、スムーズに問題を解決できた。この改善で節約された計算資源はデータ取得システム全体で共有され、超対称性模型に限らず、広い新物理候補の信号に対する取得効率向上を達成した。

ところが7月18日に、LHCはマシントラブルに見舞われ、データ収集を完全にストップしてしまった。帰国した現在も陽子陽子衝突は再開されていない。近接したミューオン対トリガーの開発自体は進められるものの、その成果やフィードバックが即座に得られない状況になってしまった。そこでこのトリガーの開発は進めつつも、CERN滞在を最大限に生かすために急遽、現地に滞在していた本研究室の修士課程学生1名と共に、将来のデータ取得システムについての基礎研究を行った。LHCで発見されたヒッグス粒子が2つの光子に崩壊する事象に目を付け、この光子をオンラインで精度よく再構成する新しい手法を検討した。従来はカロリメータの情報のみから光子を再構成しているが、新しいアイデアでは飛跡検出器の情報も組み合わせる。光子自体は電気的に中性であるために飛跡検出器に信号を残さないが、3割程度の光子は飛跡検出器内で電子陽電子対に変化するため、これらの飛跡は再構成可能である。この情報を積極的に取得することで、ハドロンが誤って光子として再構成される事象を大幅に削減する。このアイデアをシミュレーションでテストしたところ、将来の改善として有望であるという指針を得た。この結果を元に現地の研究者たちと議論を重ねて、このアイデアが実現すれば、宇宙初期にヒッグス場が相転移を起こし、素粒子が質量を獲得するに至った過程を解き明かすことができるかもしれないという可能性を見出した。

関連リンク
– World Research Hub(WRH) プログラム
久世研究室

 

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